大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和52年(ヨ)344号 決定 1977年5月20日

申請人 藤井賢恵

被申請人 浄土眞宗本願寺派

主文

申請人の申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

一  本件疎明によると、左の事実が一応認められる。

1  申請人は本件懲戒処分に付されるまで宗教法人浄圓寺の住職であつたものであり、昭和四八年八月四日から昭和五一年六月一一日まで被申請人直属寺院である大津市所在宗教法人本願寺近松別院の輪番(代表役員)であつた。

2  被申請人は、浄土眞宗の教義拡張、僧侶、門信徒らの教化育成を目的とし、宗制に掲げられた浄土眞宗の教義、本尊および聖教を信奉し、宗風を遵奉する寺院、教会その他の団体および個人を包摂した法人である包括宗教団体であり、申請人を包括するものである。

3  近松別院は戦時中強制疎開により、本堂、庫裡等重要建物は取毀され、無住となつていたため、残つていた山門は著しく朽廃し、昭和五〇年八月頃から再々瓦が落下し、危険な状態であつた。しかし同院は本願寺八代の師主蓮如上人が開創された由緒ある直属寺院であるから、門末寺院にとつてはその山門は大きな権威を持つており、これを取得できることは非常な名誉であり、誇であつた。申請人は右山門の朽廃を機会にこれを除却し、自坊である浄圓寺に移築することを計画した。

4  申請人は昭和五〇年一一月四日近松別院責任役員会で右山門の除却を決定させたが、直属寺院規程四二条、近松別院寺則三一条によると、山門のような主要な境内建物の除却には、事前に門徒総代に諮問し、総長を経て門主の認許を得、所定の公告をしなければならないことと定められており、申請人はこれを熟知しながらこれら手続をなさず、同年一二月一六日業者に命じて解体に着手させた。翌一七日副輪番である石川唯道にこの手続懈怠を注意されたが、押して解体を完了させ、解体材は直ちに自坊浄圓寺に搬入し、同月一九日山門除却認許申請を被申請人総長宛に提出した。

5  被申請人としては右に認定したような山門の重要さから、当然解体後の処置に関心があり、認許にも影響するので、申請人に対し山門の下付請願書を下付希望者から提出させ、それを認許申請の添付書類となすことを指示した。申請人は自坊浄圓寺名義で下付請願をすると、近松別院の輪番の地位を利用するものとして非難されることを虞れ、予てから住職代務常盤井賢十より依頼され寺務を執つていた円照寺名義で「山門下附請願書」を作成してこれを被申請人に提出した。この「山門下附請願書」の住職代務、常盤井賢十の記名は、同人に無断で申請人がしたもので、その名下の印も、申請人の名前賢恵の一字「賢」を刻した申請人の印鑑を、常盤井賢十の「賢」と共通するところから、これを利用押捺したものであつた。更にこれを添付されている「山門建立予定位置図」の建物配置は、円照寺のそれと全く相違し、実際には申請人自坊の浄圓寺の建物配置そのものであつた。

6  右山門除却認許申請は手続の都合で一旦取下げられ、申請人は昭和五一年二月一六日、改めて近松別院輪番名義で、被申請人総長宛の「本願寺近松別院境内建物の一部除却並びに無償譲渡の件御認許申請」と題する書面を提出し、これに前記円照寺名義の「山門下附請願書」と「山門建立予定位置図」を添付した。

7  被申請人総長は、同年三月ごろ、既に山門が除却されていることを知つたが、最早如何ともし難かつたので、行政的解決として、追認の形で門主の認許を得ることにより辻つまを合わせることとなつた。その結果、同年四月六日門主の認許があり、同年七月頃、申請人は前記解体資材で自坊浄圓寺に山門を建立した。

8  ところで、被申請人は僧侶等に対する懲戒処分について刑事訴訟類似の手続を定め、その機関を設けている。すなわち内部規律として懲戒規程を設け、反則および処分事由を規定し、反則を行つたすべての僧侶、寺族および門徒に対して、破門、重戒、軽戒、罷職、失格および説諭の各処分を課し得ることを定め、懲戒手続遂行のために審判規程を設けているが、同規程によれば、監事部は、申告(刑事訴訟法上の告訴或は告発に準ずる)を受理したときまたは被疑者のあることを知つたとき調査しなければならないとし、同部監事は被審人に対し、訴由(同訴因に準ずる)を明示した反則の事実をもつて、審事部に求審(同起訴に準ずる)を行ない、同審事部は求審書の提出のあつたときは、遅滞なく、初審審決会を組織する手続をなし、続いて審決会長は審判期日を定めて、同人の指揮のもとに審決会において被審人に対し、右求審事案につき審判を開き、反則の証明のあつたときは審決で懲戒処分の言渡をする。そして右初審審決に対して、監事または被審人は再審(同控訴に準ずる)を請求することができ、右再審請求につき審事部は審理をなすこととなる。

昭和五一年六月一六日被申請人の監正局会計検査部長は同局監事部長に対し、「近松別院の総門が所定の手続を得ないさきに他へ譲渡されている」旨の通知をなし、監事は右事案につき調査をなし、ここに申請人の懲戒手続が開始されることとなつた。すなわち調査の結果監事は申請人に懲戒規程所定の反則行為ありとして、同年九月一日監正局審事部に求審し、審事部は初審審決会を組織してその審判にあたり、同年一〇月五日付で、大要、申請人が本願寺近松別院の輪番在職中、その地位を利用し、宗派諸規則による手続を経ず、同別院の山門を除却してこれを自坊浄圓寺に取得建立し、その過程において、右山門を申請外円照寺に無償譲渡する旨の門主に対する虚偽の申請をなし、円照寺名義の下付申請文書を偽造行使をした、との事実を認定し、懲戒規程二〇条、二五条、三二条、三六条に該当するとして、重戒五年の懲戒処分を下した。申請人はこの初審審決に承服できず、同月二一日審事部に再審請求をなしたが、審事部では再審審決会を組織して審判した結果、同年一二月二三日「初審審決を変更しない」旨の再審審決を申渡し、これによつて申請人に対する重戒五年の懲戒処分が確定した。

9  右審決において、認定された申請人の行為に適用された懲戒規程二〇条は、宗務機関に対して、偽りの申告、申立をした者に重戒、又は軽戒の処分に付する旨規定し、同二五条は宗法二四条に規定する誓約(1終身僧侶の本分を守り、勉学布教を怠らないこと、2師命に随順し、和合を旨とし、宗門の秩序をみださないこと、3言行を慎み、道徳を守り、宗門の体面を汚さないことの三つの誓約)を破り、又は廉恥を破る行為によつて宗門の威信又は体面を傷つけたものに重戒、軽戒または謹慎の処分を規定し、同三二条は、宗規四六条の規定(寺院が境内建物等を処分等する場合に、総長の承認、及び直属寺院の場合は更に門主の認許をうけるべきことを規定する)に背いた輪番等に軽戒又は謹慎の処分を規定し、同三六条は、反則行為を教唆等した者を重戒、軽戒または謹慎に処することを規定する。被申請人の懲戒規程による懲戒処分は前記のとおり重いものより、破門、重戒、軽戒、謹慎、罷職、失格、欠格、説諭の八種あり、このうち重戒は、処分の期間中自己が所属する寺院、又は教会以外の場所において法要(帰属する門徒のために行う法要を除く。)に参勤すること、及び布教することを禁止し、教導師又は教師は、その資格を停止し、住職、住職代務、副住職及び主管者又は副主管者は退職させるものである。なお、重戒以下欠格以上の処分に処せられた者は、処分の期間中、色衣、七条及び五条袈裟を用いることを禁ぜられている。

10  重戒の処分により、被処分者は住職は退職させられるが、僧侶の資格を失うものではないから、たとえば法要については、「付吟」、すなわち門徒以外の者が被処分者の寺院外で営む法要に、いわゆる門徒寺の住職に加えて招かれ参勤する行為だけが禁ぜられ、又布教行為は禁じられるが、いわゆる月参り、年忌参りなど、日常の宗教活動は門徒のためであると否とを問わず自由に行われるものである。

11  しかし申請人が住職をしている浄圓寺は門徒の数は四八戸、信徒を合せても七〇戸であり、その年間の収入は約六〇万円に止まり、申請人はこれでは生活できないので、他の寺院から招かれて布教活動をし、あるいは他寺の法要に出勤して得られる補充的収入で自坊を護持し、生計を立てている。今回の懲戒処分はこの補充的収入を喪失させる。色衣、七条、五条袈裟の使用禁止は、門信徒の法要ことに葬儀にこれを着用せず、黒衣で行くと門信徒の大きな不満を招き、正常に法要を営むことができず、したがつてこの使用禁止は名誉剥奪の処分に止まらない。今回の懲戒処分はこのように申請人の宗教活動を事実上大巾に制限し、生計に危機を招来していることは否めないところである。

二  裁判所法三条は、裁判所は憲法に特別の定めある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有する、と規定するが、法律上の係争であつても、自律的な法規範をもつ社会ないし団体の内部の係争には、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せるのが適当であり、裁判にまつのを適当としないものがあり、かかる係争は、同条の法律上の争訟外として、司法裁判権が及ばないと解するのが相当である(昭和三五年一〇月一九日最高裁大法廷判決)。被申請人は一の2で認定したような宗教団体であり、自律的な法規範としての宗法、宗規を有し(疏甲第六、七号証)、特に所属僧侶に対する懲戒処分については、同8、9で認定したような詳細な規程、懲戒機関による慎重な手続を設けており、このことは宗教法人法八五条が裁判所に対し宗教法人の自律性をできる限り尊重すべきことを強く要請しているものと解されることと相まつて、本件懲戒処分についても司法裁判権の介入を許さないものと解する余地がある。しかし本来多分に団体の内部規律の問題であつても、その懲戒処分が、それにより被処分者の生活の基盤を覆えす程度に重大であるときは、それは市民法秩序に連なる問題として司法裁判権の対象となるものといわなければならない。本件懲戒処分による一の11に認定したような申請人の地位そのものに及ぼす深刻な影響を考慮するとき、右処分は司法裁判権の対象となる、と見ざるを得ない。

三  前記一の1ないし9の認定事実によれば、被申請人の監正局審事部の初審審決会が昭和五一年一〇月五日付で下した審決の事実認定は事実に適合しており、懲戒規程の適用も正当(但し三六条は除く)であることは明らかである。もつとも被申請人が懲戒処分の対象とした行為のうち、本件山門の無断除却については、一の7で認定したように、被申請人は追認しているが、しかしこのことは情状の問題に過ぎず、この故に無断除却を懲戒の対象となし得ないものではない。

四  被申請人は浄土眞宗の教義拡張、教化育成、他力信仰の本義開顕を目的とする宗教団体であるから、この目的を達するため所属僧侶に対し、宗制に則り、人道を履践し、自行化他に努め、宗門の体面を汚すことのないよう強く要請するのは当然である。したがつてかかる宗教団体の自律作用はこれを尊重すべきであり、懲戒処分もそれに対する手続が著るしく正義に悖るか、或はその処分が全く事実上の根拠に基づかない場合か、もしくは内部規律に照してもなおその処分内容が社会観念上著るしく妥当を欠くものと認められる場合を除き懲戒権者の裁量に任すべきである。しかるに被申請人の懲戒機関である監正局審事部の、前記審決会の審決はその手続上正義に反することはなく、その認定は前記のとおり事実上の根拠に基づいており、その処分は社会観念上著るしく妥当を欠いているものとは考えられないから、有効であるというべきである。

五  そうだとすると申請人の本件仮処分申請は理由のないこと明らかであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 野田栄一 門口正人 野崎薫子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例